俺と『ジャスティス』
第1章・『ジャスティス』との出会い〜AOUショウ〜
そう、あれはAOUショウ'97での出来事だった。CFC(CAPCOM FRIENDRY CLUB)に入会していた俺は「次回AOUショウでの新作」という触れ込みで会員特典ビデオに映っていたゲーム『私立ジャスティス学園』を見るため、AOUショウ会場へと足を運んだ。当時、バリバリの2D格闘オンリーだった俺は「あーぁ、スタグラが失敗したのに、またカプコンってば3Dやるの?」なんていうマイナスイメージしか持っていなかったのは言うまでもない。しかも、よくよく思い出してみればこのタイトルは、数ヶ月前にカプコンの広報チーフ・N井さんから「ゲーム中に雑誌社の広告を入れたいから、ロゴのデータをくれ」と言われていたタイトルだ。新声社には社名ロゴというものは存在せず、仕方なく締め切りギリギリまで引っ張ってしまった俺は、当時の部下であるサマライ旗野(現・週刊Dreamcast Magazineライター)に指示を出し、ロゴデータを速攻で作らせ、N井氏に託した…そんなエピソードもあったタイトルである。カプコンにしてみれば「雑誌社のロゴがゲーム中に入っていれば、その雑誌で掲載してくれるだろう」という考えだったというのは、後に知った事実である。そのくらいカプコンにしてみれば弱気なタイトルだった、という訳である。確かに俺も「学園もの3D対戦格闘ゲーム」と聞いたとき、真っ先に頭に浮かんだのはセガ・エンタープライゼス社の『ファイティングバイパーズ』におけるBAHNだし、それはイコールで「マニアックなファンは居るものの、営業的にはダメなタイトルになる」ことを予感させるものだった。
そんななか、みかるの反応は違っていた。ショウ前から相当の関心を寄せていたらしく、ショウでプレイすることと心待ちにしていたらしい。そんなみかるを後目に、俺は「なんとなく」プレイに興じてみる。一応、春麗好きの俺としては「パンツ見えるから若葉ひなたにしようかな?」なんてみかるに対して冗談を言いながらも、結局のところ「男に媚びてない」鮎原夏を選ぶことにするのだが、今にして思えば、この選択が良かったのかも知れない。
ところが、である。当時カプコンの広報として俺の雑誌『ゲーメストEX』を担当していたK氏と会場で出会い「ちょっと対戦しましょうよ」と、誘われるがままに対戦プレイに応じるも、ボロ負け。そりゃそうだ。こっちはシステムすら良く理解していないうちに、相手は朝から練習していたのだから。正直、『ジャスティス』とは「最低な出会い」と言っても過言ではなかった。
第2章・『ジャスティス』いよいよ発売〜ゲーセンにて〜
ショウから数日が経過したある日、俺は岡本常務のお誘いでプロデューサーとして雇用されるべく、カプコンの大阪本社に面接試験を受けに行くことになる。このとき、大阪で『ジャスティス』のロケテストが行われているという情報を耳にした俺はみかるを連れて大阪入りすることになるのだが、大阪へと旅立つ前日になってK氏から携帯に電話が。「もうロケテ終わってますよ」…ってアンタそりゃ…。結局、俺がカプコンに行っている間、みかるは梅田のゲーセンをハシゴしながら『MARVEL vs. CAPCOM』やってたみたいだけど(苦笑)。
そんなこんだで、結局マトモにプレイしたのは発売してから、ということになった訳。ところが俺自身は相変わらずマイナスイメージを抱えたまま。年末も、正月も、それこそ雪の降る日も(新年早々、東京は大雪。その中、ゲーセンへと車を走らせましたよ、えぇ!)みかるのお強請りに付き合い、共にゲーセンへと足を運んでいたのだった。そして俺は独自の不可解なシステムによって『ジャスティス』へのマイナスイメージが頂点へと達し、「もージャスティスなんてやりたくない!」って域まで到達していた。スネた俺(可愛かったんだね、この頃。まだ20代だったし)はみかるが『ジャスティス』をプレイしている頃、一人でシューティングやったり、好きでもない『VF3』やってみたりとか(苦笑)。
そんなある日のことである。「もしかしてこのゲーム、先行入力が効くのか?」「もしかしてこのゲーム、根性カウンターを駆使すると読み合いが面白くなるんじゃないのか?」そんな数々の「カプコンらしくない」システム面における「面白さ」を発見した俺は、それまで持っていたマイナスイメージはどこへやら。突然、狂ったようにプレイを開始するのだった。
それからの毎日は、それこそ発見の日々である。先行入力を活用すれば、コマンド入力が下手クソな自分でも、再現可能な「全ての」地上連続技が再現できる…それだけでも、コマンド入力が不器用な自分にとって、コンプレックスを払拭してくれるだけに十分な魅力だったのである。
第3章・基板購入〜渋谷・道玄坂〜
『ジャスティス』への想いが頂点に達した1月中旬、俺は遂に我慢し切れなくなり、基板購入を決意する…が、流石に12月に出たばかりのタイトルが、一ヶ月やそこらで暴落している筈もない(定価は168,000円)。ゲーメストに掲載されている基板屋に片っ端から電話を掛けまくり、在庫のある店には価格を聞いて…そんな繰り返しを続けていた。
そんなある日のことである。渋谷にある基板屋に、在庫があるらしい。しかも価格は8万円。発売時の価格からしてみれば、僅か半額である。俺は迷うことなく電話で仮予約を行い、そのまま銀行で金を下ろしつつ、渋谷へと向かうのだった。余談だが、このとき余りの安さ(14,800円)につられ、CPシステムIII用ソフト『ストリートファイターIII』も一緒に購入したのは、僕たちだけの秘密だ!
「PSコンパチ基板モノは忠実な移植作品がPlayStationですぐ出るから、買う必要はない」そう自分に言い聞かせていたことなどとうの昔に忘れ、俺は購入してきた基板を自宅にセッティングするのに夢中だった。当時カプコンのメイン基板だったCP-SYSTEM IIとは違い、サウンド出力がピンジャックではなくスピーカー端子だと知れば、自宅のメインスピーカーを躊躇なく取り外し、スピーカーケーブルをダイレクトに『ジャスティス』の基板に装着し(=つまり、自室のAVシステムの音が劣化しても構わない、ということである)、Qサウンドを楽しむ…そのくらい、俺の中における『ジャスティス』への気持ちが膨らんでいった。
余談だが、そんなことを言っていた俺もみかるに強請られ、後に再び10万円出してPS基板ゲー『超鋼戦紀キカイオー』を買ってしまいました…。
第4章・野試合〜秋葉原・飯田橋〜
それからと言うもの、俺の毎日は『ジャスティス』で染まった。ゲーメストのバックナンバーや、ゲーメストムックの2冊。更にはソフトバンクから出ていた攻略本まで読み耽り(カバンの中に常に入れて持ち歩いていたために、ボロボロになりましたが…)、それこそ『ジャスティス』に関する全てを知り尽くそうとするかの如く、毎日を『ジャスティス』に捧げていった。当時、仕事としてN64『ヨッシーストーリー』の攻略本を担当していたため、このゲームも「神の如く」上手くなったのだが、それこそ仕事以外の時間は、大半『ジャスティス』に捧げていたと言っても過言ではないだろう。
ある程度自分の腕前に自身がついた頃からは、いよいよ外での対戦を楽しむようになっていった。とは言え「立ち弱キック×2で牽制して、ヒットしたら連続技ゲーでしょ?」って対戦フリークから見放されていたゲームだけに、対戦台を探すのも一苦労だったのは言うまでもない。必然的に俺は対戦台のある店…JR秋葉原のトライタワーや、JR北千住駅前のGAO、そして飯田橋駅前のゲームセンターなどを根城にするようになっていった。この当時の様子は、MW岩井の対戦日記にて記載してあります。
第5章・PS版攻略本執筆決定〜嬉しさ故の悩み〜
そんなある日のことである。PlayStation互換基板で作られたゲームだけに、PlayStation版が忠実な形+α発売されるのは目に見えていたが(『ストリートファイターEX』の例もあったし)、いよいよ7月30日に発売日が決定し、それと同時に攻略本の発売許諾が新声社に下りたのだ。もちろん、担当ライターは俺。既にパズルタウンHP上でアーケード版の攻略記事を掲載していた俺は、天にも昇る想いで発売日を待ち焦がれた。そして、サンプルCD-ROMの到着が遅れていることなど気にすることもなく(実は一日千秋の想いで待ってたんですけどね)、より街中での野試合に精を出し、「ゲームの全てを理解している」と自信があった俺は、その段階から台割を作成し始めたのだ。
俺の作った当初の台割では200ページを超える本になる予定だったのですが、会社的事情(定価設定が高くなると売れなくなる=採算が取れなくなる)により144ページに減らされることに…これでも、本当はもっと減らされる予定だったものを、「冗談じゃねー! ナメてんのか!」って勢いで新声社の専務取締役・高橋さんの所まで(ライターの分際で)怒鳴り込んで行って、どうにかこうにか確保したページ数なんですよ。
それからというもの、歩いているとき、風呂に入っているとき、トイレに入っているとき…いつもいつも台割を作っては破棄し、考え直し、また作っては破棄し、考え直し、また昔の考えを引っ張り出して…そんな作業を、ひたすらに続けていました。「攻略本として、自分が欲しい要素は何か?」「全ページを読みたくなる攻略本って、何だろう?」「調べたいことがすぐ見つかる攻略本って、どういうものなのだろう…?」そう考え続け、色々な攻略本(他の『ジャスティス』攻略本とか、ソフトバンクの『ディアブロ』本とか)を参考にしました。いい攻略本、悪い攻略本と色々あるけれど、そういった意味では自分が一番好きなゲームだけに、同じゲームが好きな人に、どれだけ「使える」本になるか? それだけを、ただひたすらに考えていました。ちなみに本来、台割を作るという仕事は編集サイドの仕事である。印刷所やデザイナーとのスケジュール調整なんていうのも、編集の仕事である。更に言うとメーカーとの情報規制に対する交渉なんてぇのも、編集の仕事である。けど俺は愛する『ジャスティス』のため、本の発行許可が下りた以降はライターの領域を超え、編集担当者の仕事すら奪い取って作業を行っていた。
…ところが、待てども待てどもサンプルROMが届かない。「このままじゃあ、プレイしている時間が一週間くらいしかなくなっちゃう」そんな不安に駆られ、カプコンの大西プロデューサー(『QUIZなないろDreams虹色町の奇跡』ほか)に「プロデューサーの中嶋さんは、どー言ってます?」なんて探りを入れてみたりもしました。すると「彼、最近帰ってないみたい。頑張ってはいるけれど、まだ完成してないみたいだね」とのこと。俺は苛立ちながらも、ただひたすらにサンプルROMの到着を待っていました。
新宿にて開催されたカプコンの内覧会に出品されたPS版『ジャスティス』及びアーケード版『〜ZERO3』を観に行きながら、どれだけその場でサンプルROMを盗んで帰りたかったことか…。当時、気持ちの全ての『ジャスティス』に注ぎ、ろくろく眠っていなかった俺は内覧会の会場から出た途端に気が抜けてしまい、大雨が降る中、みかるの横でいきなりブッ倒れてしまった。容赦なく俺の上に降り注ぐ冷たい雨の前に、俺は極度の疲労によって微動だにすることができなかった(結局、みかるに起こして貰ったんですわ)。それほどまでに、俺は「全て」を捧げていた。
余談だが、この頃前出の飯田橋駅前ゲーセンで対戦を楽しんでいたとき、背後から聞こえてくる人々の会話。
A「おい、あのゲーム。お前が今度担当するゲームなんじゃないのか?」
B「あ、そうですね」
A「あいつ、上手いな。あんだけ上手けりゃ、他キャラも大丈夫なんじゃないのか?」
B「そうですね。ライターとか、頼んでみましょうか?」
俺は対戦しながら、爆笑を堪えていた。当時『ジャスティス』の攻略本を出すと言えば新声社とアスキー、講談社の3社だけである。もちろんアスキーも講談社も外部の編集プロダクションを使って攻略本を作っていただろうから、その2社のうちどちらかから仕事の依頼を受けていた編集プロダクションのスタッフだったのだろう。「頼まれたら、何て断ろうかな?」そんな気持ちでワクワクしていたものの、プレイを終えて振り向いた時には誰もいなかった…ってぇのはいいオチかと(苦笑)。
第6章・立ちはだかる障害〜レーシングゲームズ〜
そんなある日のことです。『ジャスティス』の台割を作りながら、サンプルCD-ROMが届くまで…という約束で手伝っていた別のムック『レーシングゲームズ』が、製作スケジュール上、どうしてもライターが不足しているという事態に陥っていました。担当編集は元・部下のさかが〜。彼とは長年の付き合い(徳間書店インターメディア時代はPCエンジンFANの後輩として。新声社時代にはゲーメストEX編集部の部下として、かれこれ10年以上の付き合いになります)もあるため、断れない。けれども、そろそろ『ジャスティス』のサンプルROMが届くというのに(ただですらスケジュールが厳しいのに)、それ以上切迫させる訳にはいかない…。そこで俺は「さかが〜が本を間に合わせたいのも解る。けれどもジャスティスは俺の一生を賭けた本にしたい。だから、苦しいのは解るけれども、これ以上の手伝いは勘弁して欲しい」と御願いしてみた。だが、さかが〜も相当苦しいらしく「でもこのままじゃ本出ないんで、できればお手伝いして欲しい」という悲しげな返事が…。当時の家庭用ゲーム関連書籍を仕切っていた松井宗達課長にも相談したが「厳しいスケジュールの中で作るということも、ライターとしてのクオリティでしょ」と、これまた冷たいお言葉が…。そこで俺は、覚悟を決めることにした。「こっちのムックを完成させて、そのうえでジャスティスもやったろうじゃねーか!」俺は、熱く燃えていた。
余談だが、同時期に『スポーツゲームズ』というムックの製作にも携わっていたのだが、それほど担当ページ数が多くなかったため、それほどダメージは受けなかった。これら新声社の謎ムック(だって売れなかったんですよ、当たり前なんですけど)については、現在もLAOXゲーム館で売っていることを確認(2000年12月頭現在)したので、ご興味のある方はどーぞ。
第7章・エンドレスバトル〜迫り来る締め切り〜
そして『レーシングゲームズ』の作業もあと残り1日というタイミングで、PlayStation版『私立ジャスティス学園 熱血青春日記』のサンプルCD-ROMが届いた。7月30日というソフトの発売日に攻略本を売るとすると、原稿をアップさせるまでの猶予は僅かに4日。しかもそのうちの1日は『レーシングゲームズ』で潰れることが確定している…そんな状況下でも、俺は闘志を失うことはなかった。
『レーシングゲームズ』を無事に終え、いよいよ『ジャスティス』を手にして家に帰る俺。早速デバッキングステーションにサンプルCD-ROMを投入し、調べ事を始める俺。何故ならば、このゲームはアーケード版からの移植でありながら、バランス調整に問題があったとの理由で対戦があまり流行らず、PlayStation版では「エボリューションDISC」という名前で、PlayStationオリジナルのバランス調整を施されたヴァージョンが収録されていたのだ。ここでアーケード版の忠実移植(厳密には忠実じゃなかったんですが)の方だけを攻略するならば、ゲーメストから出ているムック『〜熱血大全』2冊を読めばいいだけの話。折角PlayStation版の攻略本を作るのだから、オリジナルモードの攻略を書かなくちゃ意味がない! そう信じていた俺は、熱血コンボだけでなく必殺技の調整など、さまざまな変更が加えられたモードを、僅か3日で全キャラ攻略しなくてはいけない羽目になったのだ。
それこそ、寝る間も惜しんで、寝食を忘れてプレイし続けた…。1泊2日、俺は1分1秒たりとも無駄にすることを嫌い、ただひたすらに調べ事をし続けた。調べれば調べるほどに発覚する、新事実の数々。アーケード版では必殺技をガードされると隙が大きかったため、必然的に熱血コンボをキャンセルしてヒット確認しつつ、必殺技に繋げるというのがセオリーだった。しかしエボリューションDISCでは一部の必殺技はガード後の硬直時間が見直され、単発での使用が十分な牽制になり得るレベルになっていたのだ。「これは…」俺はその事実に、恐怖した。
そして2日目の夜から原稿執筆に取りかかり、1泊2日で144ページにも及ぶ本の原稿を仕上げる…。今にして思えば、神懸かり的としか思えないスピードだ。だが、確かに俺は2泊3日でゲームの攻略を終え、熱血コンボの全組み合わせも調べ、しかも原稿もすべて書き終えたのだった。
原稿の入稿を終えたあと、俺が次に行った作業は写真撮影である。全ての限界に近い連続技はまずミスることなく一発で再現できた俺は、僅か半日で全部の写真撮影を終えた。その次は表紙の作成。この間、編集部の床で2時間ほどの仮眠しか取ることを許さず(自分的に)、覚えたてのPhotoshopとIllustratorを駆使して、表紙と裏表紙を完成させたのだ。ちなみに、この頃『レーシングゲームズ』のお礼ということで、前出のさかが〜が校正等のお手伝いを精力的にしていたということは、意外と知られていない功労である(笑)。
ところが、まずデザイナーで問題が起きた。本文ではまず問題がないどころか、原稿の文字数数えミスで開いたスペースにはキッチリと原稿が収まるよう、書き足りないことを全て加筆(書きたいことは山ほどあったからね)。さらには欄外まで使い、俺の持つ情報の全てを投入していこうという想いに答えてくれたデザイナーの有限会社エストールよ、本当にありがとう! …けれども、あの表紙と裏表紙はないでしょう? あれじゃあ、俺のラフを簡略化してますよね? 普通、デザイナーさんって言うのは編集者のラフを上回るモノを作り上げ、編集者の度肝を抜くのが仕事なんじゃないですか? しかもスケジュールを1日急がせたからと言って、10万円も追加料金を請求してくるのは、どうかと思うですよ。まぁ、結果的にこの攻略本が再刷されるくらい売れたからいいようなものの…。
次に、カプコンとの間で問題が起きた。ソフトの発売日に同時に攻略本を出すと言っていたアスキー(ファミ通の攻略本)と講談社(覇王の攻略本)が、サンプルCD-ROMの到着遅れを理由に、約1ヶ月も攻略本の発売日を延期するという。しかもアスキーと言えばカプコンとの契約で「カプコンの出す全タイトルの攻略本を出す代わりに、攻略本の発行にあたってアスキーを優遇する」ということになっていたため、何を考えているのかカプコンは「新声社の攻略本も発売日を遅れさせてくれないか?」と申し入れてきた。
「ふざけるな!」これが俺の解答だった。俺は魂と命を削ってまでタイトなスケジュールの中で攻略本を作ったのに、そんな理由で一ヶ月も遅らせるだなんて…。そしてカプコン・ライセンス担当者であるM田さんからの申し入れを断った代償は「熱血青春日記のデータを掲載してはいけない」「裏技は一部を除いて掲載不可能」とのペナルティ。そんなこと、攻略本を作り始める前に申し合わせることなのに、今更そんなことを言い出すなんて、嫌がらせとしか思えない…。俺は泣く泣くその指令に従い、熱血青春日記のデータの掲載されていない、裏技も削られた本のまま、発売することを決断せざるを得なかったのだ。
そして、見本誌が完成した。ソフトと攻略本の発売日よりも、2日ほど前の出来事だ。そんなとき、前出のカプコン・ライセンス担当者から電話があった。「見本誌が今すぐ欲しい。カプコン東京に持って来てくれ」とのこと。俺は不審に思いながらも数冊の見本誌を抱え、編集担当者のN口さん(現・週刊ファミ通編集部員)と共に、新宿カプコンへと向かった。
見本誌を渡すと、さっさと帰れと言わんばかりの態度を示す担当者。打ち合わせの時、サンプルでソフトを3本くれるって言ってたのに、結局1本もくれませんでしたよね(俺は個人的に5本購入しましたが)? 不思議に思いながらもカプコンを去ろうとしたとき、そこですれ違ったのは見覚えのある人物…(俺、昔に週刊ファミ通で連載持ってたんですよ)。そう、アスキーの攻略本担当者だ。彼の訪問先は、俺がつい先ほど見本誌を渡したM田さん…。そう、アスキーの攻略本担当者は、俺の作った本を1日も早く見たい…そう申し出たに違いない。そりゃそうだ。自分がこれから作ろうとする攻略本が、一ヶ月も前に別の出版社から発売されているのであれば、それ以上のものを作らなければならない。そうなれば、見本誌を1日も早くチェックし、それに対抗する内容のものを企画しなければいけないからだ。その気持ちはよぉ〜っく解る! だが、俺の気持ちはただひとつ…「勝った!」そんな気持ちで一杯だった。
第8章・本の発売、そして…〜勝利の確信〜
そして、いよいよドキドキの発売日を迎えることに。本来であれば執筆後というのは休息期間にあたる訳だが、俺は読者からの質問電話に対応すべく、編集部に待機していたのだ。するとまぁ、掛かって来る来る質問電話。なかには「ここに書いてある連続技ができない。こんな誤植の多い本を売りやがって!」とかいう文句もあったりして。そこで俺は「誤植はゼロという訳ではないですが、少なくとも貴方の言っているキャラの連続技には誤植はありません」「じゃあ、俺が下手だってぇのか?」「コツを教えますんで、やってみて下さい」「そんなことくらい、解ってる!」「じゃあ、できるはずです」「…ガチャン」ってなものもあったりして。「金返せ」「訴えてやる!」なんて電話もあったっけ。
ただ、がっかりしたのはアンケート葉書。やっぱり『ジャスティス』というゲーム自体の性格もあったんだろうけど「絵が少ない」「今時、対戦攻略なんて掲載されても…」なんていう意見(特に女の子から)が多かったこと。俺はPlay Station版の攻略本である以上、他の攻略本と同一サイズにしなければ棚に並べて貰えないという事情(書店さんからの意見ですね)もあって泣く泣くサイズを小さくしたのだが、その分攻略記事では、ゲーメストのムックすら余裕で凌駕していると自負していただけに、この一言は辛かった…。あと「熱血青春日記について殆ど触れられていない」というコメントも、痛々しく俺の胸に突き刺さって来る。けれども、俺は満足だった。俺は、俺が求めていた本…。俺が理想としていた本を作れたのだから…。そして、俺は未だにこの本を超える格闘ゲームの攻略本を見たことはない。
発売後、俺はあちこちの『ジャスティス』個人サイトを訪れた。掲示板を見たり、日記を見たり。そこで『格闘参考書』のことに触れられていたりすると、思わず嬉しくてテキストデータをダウンロードしてみたりとか。「将馬の振り向かせについて触れられていたりして、作者は解ってる人だ」なんて書いてあると、思わず嬉しくなっちゃったりしてね。
余談だが、後日アスキーと講談社から発売された攻略本はアーケードモードを主体とした攻略本となっており、ほとんどゲーメストムック『熱血大全』の丸写し+カプコンから貰った「熱血青春日記」の資料をほぼそのまま掲載しているだけの、つまらない本として出版されていた。当然売れる筈もなく、俺の書いた攻略本だけが順調に重版を重ねていた、という事実がそこにあった。
しかし、俺も自分の記事内容について、完全に満足した訳ではなかった。そこで、『私立ジャスティス学園 格闘参考書』の副読本として「記載されていないこと」についてのみ補足説明を行ったのが、PROTGEARブランドで売った同人誌『夏から始める格闘ゲーム』なのである。なお、このテクストに関してはHP上にも完全に同一のデータをアップロードしてあるので、そちらを参照して頂いてもいいだろう。
第9章・DC版開発〜カプコン開発にて〜
月日は半年以上が過ぎ去り、99年春へと話は進む。俺は新声社の専属ライターを辞め、月刊ファミ通DCの取材で大阪カプコンを訪れていた。そこで見たものは、Dreamcast上で動いている『ジャスティス学園』!! 俺は興奮し、開発担当者の方々に自分がPS版の攻略本を一人で執筆した担当者であり、『ジャスティス』の超絶ファンであることを伝えた。すると彼らは俺を暖かく迎えてくれたばかりか、作成中の伐&ひなたを見せてくれるなど、大サービスをしてくれたのだった。
そして、その場で聞いた新事実は、「夏頃にPlayStationで続編が発売される」という新情報! 結局これは『〜熱血青春日記2』だった、という訳である。俺は『ジャスティス』チームの皆様に「DC版の攻略本は、俺が書きます! 魂入れます」と約束し、大阪の地を後にしたのだった。
しかし、この攻略本については、結局実現することはなかった。MW社では「対戦格闘ゲームの攻略本は売れない」という理由で出版社側から断られたものの、D社ではヤル気満々で、カプコンに攻略本出版の名乗りを挙げてくれたのだ。もちろん、担当ライターは俺。ところがカプコンからの解答は「既に攻略本を出す出版社はエンターブレインとソフトバンクの2社に決まっているため、他の出版社から攻略本は出せない」という解答が…。そして、その出版社は俺に執筆依頼を出すつもりはない、と…。大人な事情って嫌ですね…。
第10章・伊津野プロデューサーとの闘い〜遠く離れた地で〜
俺は『熱血青春日記2』に、多大な期待をしていた。「エボリューションDISC」で相当俺好みに調整された『ジャスティス』が、更に対戦バランスを調整されて登場することを。そして、その調整が更に完成度を増して、Dreamcast版に反映されることを! …だが、現実はそう甘いものではなかったのだ。
「立ち弱キックからの連続技が、繋がるようになっている…?」俺は、目を疑った。そう、エボリューションDISCで調整された筈のバランスが、一部アーケード仕様に戻っていたのだ。「これは、どういうつもりなのか!?」俺は正直、大激怒した。そして俺は仲良しのO西プロデューサーを通じてアーケード版『ジャスティス』の担当(Play Station版はN嶋さんだったので)である伊津野プロデューサーを紹介して頂き、直接文句を言うことにしたのである。
「あの調整は何ですか?」「あれはユーザーからの要望を反映したものです。今回はコストの面もあってDISC2枚組みにできなかったため、エボリューションDISCのような思い切ったシステム改変ができませんでした。そこでアーケード版とエボリューションDISCの中間という位置づけにせざるを得なかったという訳です」「でも、あれじゃあ対戦バランスが酷いです」「ジャスティスはカプコンの中ではマニア対象のタイトルではありません。そういったユーザー層に対してはストリートファイターシリーズが存在する訳ですし。ジャスティスは簡単にコンボが繋げられるというメリットを支持してくれていた女性ユーザー等も多かったため、あぁしました」「これからDreamcast版を作り上げていく課程で、何故こんな退化とも言える…適当なバランス調整をしたんですか?」「我々が適当にバランスを調整していると言うんですか(怒)? もっとヤリ込んでみてからそういう結論は出してください」「十分ヤリ込みました。で、その結論は、このバランスはクソです。終わってます。俺ぁこのバランスを認めません」「どこが嫌なのか、具体的に言ってみて下さい」「弱キックからの熱血コンボを廃止すべきです。弱キック×2で、熱血コンボは止めるべきです。若しくは立ち弱キックの発生フレーム数を、立ち弱パンチよりも2フレーム以上遅くして下さい。今のままでは立ち弱パンチの存在意義がゼロに近いですし、立ち弱キックの速いキャラと遅いキャラとで圧倒的な性能差が発生してしまいます。あとジャンプ時のヴェクトル固定をしないと、跳び込み攻撃を軸ずらしで回避する意味がなくなり、ピョンピョン跳ねることが強いプレイスタイルとなってしまい、格好悪いです。あと起き上がり攻撃時のガード硬直時間を調整しないと、今のままだと起き上がり攻撃を出した側の方が圧倒的に有利になってしまいますので、起き攻めをする意味がありません云々…」「解りました。その意見は当社開発スタッフの間で検討させて頂き、その上でDreamcast版に反映させて頂くことにします」殆ど、ケンカでした。
そりゃあ、俺の大好きな『ジャスティス』のプロデューサーさんですから、本当はケンカどころかサインのひとつも貰いたいくらいです。けど、俺ぁDreamcast版が『ジャスティス』と同じように「立ち弱キックで牽制して安定ゲーム」と呼ばれ、対戦が流行らずにゲーセンから消えていくことを、見過ごすことができなかったんです。もちろん伊津野さんは『パワーストーン2』『CAPCOM vs. SNK』もプロデュースを兼任するなど、お忙しいことは解っていました…。けど、けど…。
最終章・Tokyo Game Show '00秋
俺は正直、怖かった。ほぼマスターとして出品されているという『燃えろ!ジャスティス学園』の完成度を見ることが。遊ぶことが…。自分の意見は採り入れられたのだろうか? 無視されて、また酷いバランスになっているのだろうか…? そんな不安と期待が入り交じった状態のなか、俺は東京ゲームショウ2000秋の会場へと向かった。
そして、初プレイ…通常であれば「とりあえず遊んでみる」場である筈のTGSだが、俺は違っていた。俺が指示した箇所が、俺の指示通りになっているかどうか…焦点は、そこだけだった。そして、その解答は…すべて、俺の言っていた通りになっていたのである。立ち弱キックからのコンボはエアバーストに繋がらず、牽制用として。熱血コンボのメインは立ち弱パンチからのスタート。ジャンプ中はヴェクトルが固定される等々、俺の要望がほぼ100%反映されていたのである。
「伊津野さん…」俺はTGS会場で、泣いていた。嬉し泣きである。余りの嬉しさに、友人たちに「DC版はいいゲームだよ。皆、やろうよ!」そんなメールや電話をしまくっていた…。そして、今日に至る。
…ここまで読んで貰えて、解ってくれただろうか? 俺がこのゲームを攻略したいという気持ちを。骨までしゃぶりたいという気持ちを。ならば、共に読んでくれ。俺の魂のテクストを!!
追伸
恭介の空中浮遊のバグとか、データ改変したエディットキャラでの対戦など、問題も少なくないですね。でも、しかもエボリューションDISC時点では熱血隼人にしか存在しなかった下段からのコンボを新たに作っていたなんだんて…完全な見落としです。俺、立ちメインで闘う『ジャスティス』が、カプコンらしくなくて好きだったんですけどねぇ…。けど、それ以外は「ちゃんと」ゲームになっていると思いませんか? 皆、もっともっと対戦しましょうよ!!
ちなみに現在、週刊Dreamcast Magazine(ソフトバンク・パブリッシング刊)に連載されている『燃えろ!ジャスティス学園』の記事は、メインライターである漁んが元・俺の部下(ゲーメストEXのライターだったんですよ、コイツ)だったということ&お互いの家が近所(徒歩15分くらい)という理由もあり、俺からの情報が流出しまくってます。なので、下手にアルカディアとか読むよりも情報は全然速いっすよー(笑)。俺、このページでは夏以外のことには全然触れていないんで、それ以外の研究成果はそっちに反映しておりますです。